心不全の罹患患者数は世界的に増加の一途をたどっており、特に高齢者人口の増加が著しい日本では、その傾向が顕著です。心不全は、単一の臓器の問題ではなく、生活習慣や全身状態、社会環境まで含めた包括的な視点から治療・管理していくことが重要です。当院では、専門病院との密な連携を保ちつつ、心不全の予防、早期発見、そして継続的な管理まで、患者様お一人おひとりの人生に寄り添った一貫したケアを提供しています。
心不全とは?
「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。」
心不全は、特定の一つの病気の名前ではありません。心臓のポンプ機能が低下し、全身に必要な血液を十分に送り出せなくなった「状態」を指します。この状態は、残念ながら一度発症してしまうと完全に元通りになることは難しく、入退院を繰り返しながら少しずつ進行していくことが多いのが特徴です。
しかし、適切な治療と生活習慣の管理によって、心不全の進行を穏やかにし、より良い生活を長く続けることは十分に可能です。
心不全のステージ:
知っておきたい進行の段階
心不全は、ある日突然発症するわけではありません。高血圧や糖尿病といった危険因子がある段階から、徐々に進行していきます。この進行の段階は4つのステージに分けられます。

ステージA:リスク段階
- まだ心臓の機能は正常ですが、高血圧、糖尿病、脂質異常症など、将来的に心不全になる可能性のある危険因子を持っている状態です。
- この段階での生活習慣の改善や治療が最も重要です。
ステージB:心臓の変化が始まった段階
- 症状はありませんが、心筋梗塞や弁膜症などを経験し、心臓の形や働きに変化が始まっている状態です。
- 症状がなくても、心臓を守るための薬物治療が必要になることがあります。
ステージC:心不全の症状が出現した段階
- 息切れやむくみといった、心不全の症状が実際に現れた状態です。
- 専門的な薬物治療や生活習慣の管理、症状を和らげる治療が必要となります。多くの患者さんがこの段階で心不全と診断されます。
ステージD:治療が困難な末期段階
- 安静にしていても症状が現れ、治療に対する反応が悪くなった状態です。
- 症状を和らげる緩和ケアも含め、専門的な治療が必要となります。
当クリニックのような「かかりつけ医」は、特にステージAやBの早い段階で介入し、心不全への進行を防ぐこと、そしてステージCの患者さんの症状を安定させ、再入院を防ぎ、穏やかな日常を支えることを目指しています。
心不全の原因
心不全を引き起こす原因は様々です。心臓に負担をかけるあらゆる病気が原因となり得ます。
- 心筋梗塞、狭心症(虚血性心疾患)
- 心筋症(拡張型心筋症、肥大型心筋症など)
- 弁膜症
- 不整脈(特に心房細動)
- 高血圧
- 糖尿病
- 腎臓病
- 甲状腺の病気
- 肺の病気(肺高血圧症など)
など
こんな症状はありませんか? 心不全のサイン
心不全の症状は、心臓のポンプ機能が低下することで体に様々な変化が起こるために現れます。以下のような症状に気づいたら、お早めにご相談ください。
- 坂道や階段で息が切れる(以前は平気だったのに…)
- 足がむくむ、靴下の跡が残る、体重が急に増えた(1週間で2~3kg以上)
- 夜、横になると咳が出たり、息苦しくて眠れない
- 疲れやすい、だるさが抜けない
- 食欲がない
特に高齢の方では、典型的な症状が出にくく、「なんとなく元気がない」「食欲が落ちた」といった変化が心不全のサインであることも少なくありません。ご家族が「最近、様子がおかしいな?」と感じた時も、受診のきっかけになります。
心不全の検査
心不全が疑われる場合、当クリニックでは以下のような検査を行い、総合的に診断をしています。
- 問診・診察:症状や生活の様子を詳しくお伺いします。
- 血液検査:心臓に負担がかかると分泌されるホルモン「BNP」や「NT-proBNP」の値を測定します。これは心不全の診断や重症度の判断に非常に役立つ指標です。
- 胸部レントゲン検査:心臓の大きさや、肺に水が溜まっていないか(肺うっ血)を確認します。
- 心電図検査:不整脈や心筋梗塞の兆候がないかを調べます。
- 心エコー(超音波)検査:心臓の大きさ、壁の動き、ポンプ機能、弁の状態などを直接観察できる最も重要な検査です。
血液検査でわかる心臓からのSOS:BNPとNT-proBNP
BNPやNT-proBNPは、心臓(特に心室)から分泌されるホルモンです。心臓に負担がかかると、これを何とかしようと心臓自身がホルモンを出し、その値が血液中で上昇します。
健康診断などでこれらの値の異常を指摘された方は、症状がなくても一度ご相談ください。日本心不全学会は、専門医への紹介を考慮する基準値を以下のように示しています。

マーカー | 値 | 判断 |
---|---|---|
BNP | 35 pg/mL 以上 | 心不全の可能性あり。精査を推奨 |
NT-proBNP | 125 pg/mL 以上 | 心不全の可能性あり。精査を推奨 |
※年齢や腎機能によって基準値は変動します。あくまで目安として考え、専門医の判断が必要です。
心不全の治療
心不全の治療は、症状を和らげ、病気の進行を抑え、生活の質(QOL)を維持することを目的とします。治療の柱は「薬物療法」「原因疾患の治療」「生活習慣の管理」です。
薬物療法
現在、心不全の進行を抑え、生命を守る効果が科学的に証明された良い薬が多数あります。患者さん一人ひとりの状態に合わせて、以下のような薬を組み合わせて治療します。
- ACE阻害薬・ARB:心臓を保護し、負担を軽くする薬
- β遮断薬:心臓を休ませ、長期的に心臓の働きを助ける薬
- MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬):心臓や血管への悪影響を防ぐ薬
- SGLT2阻害薬:心臓を保護し、余分な水分を排出するのを助ける薬(元々は糖尿病の薬でした)
- 利尿薬:体内の余分な水分を尿として排出し、むくみや息切れを改善する薬
- その他:抗不整脈薬、血管拡張薬、強心薬など
併存疾患・基礎疾患の管理の重要性
心不全の治療は、心臓だけを見ていては不十分です。心不全の患者さんは、心臓以外の病気(併存疾患)を多く抱えており、それらが心不全の悪化に大きく関わっています。かかりつけ医として、全身を総合的に診ていくことが重要と考えています。
- 冠動脈疾患(狭心症・心筋梗塞):心臓の栄養血管に狭窄や閉塞を起こす病気。カテーテルによる適切な治療等により、心臓の負担を減らせることがあります。
- 不整脈(心房細動など):脈の乱れは心臓に大きな負担をかけます。薬物やカテーテル治療が行われることがあります。
- 腎機能障害:心臓と腎臓は密接な関係(心腎連関)にあります。腎臓を守る治療が心臓を守ることにも繋がります。
- 睡眠時無呼吸症候群:睡眠中の無呼吸は、知らず知らずのうちに心臓に大きな負担をかけています。検査・治療することで、心不全の状態が改善することがあります。
- 認知症:薬の飲み忘れが生じたり、自身による体調管理(セルフケア)が難しくなったりすることで、状態の悪化に繋がります。ご家族や介護サービスとの連携が不可欠です。
その他、高齢者に多い「フレイル(虚弱)」や「サルコペニア(筋肉減少)」も、心不全の予後に大きく影響します。適度な運動(心臓リハビリテーション)や栄養管理も治療の重要な一部です。
心不全と長く付き合うために:
再入院の予防
心不全は、残念ながら「悪化(増悪)」と「安定(寛解)」を繰り返す病気です。一度入院して症状が良くなっても、退院後に生活習慣が乱れると、再び症状が悪化して再入院…ということになりかねません。
この悪循環を断ち切るためには、「チーム医療・多職種連携」と「セルフケア」が両輪となります。
チーム医療・多職種連携
静岡市のかかりつけ循環器クリニックとして医師だけでなく、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士、ケアマネージャー、訪問看護師など、多くの専門職がチームを組んで患者さんの生活を支えます。当クリニックも、地域の病院や訪問看護ステーション、介護事業所と密に連携し、訪問診療にも対応するなど、患者さん一人ひとりに合ったサポート体制を整えています。
セルフケア:
ご自身が治療の主役です
心不全と上手に付き合っていくためには、患者さんご自身による日々の体調管理(セルフケア)が何よりも大切です。その強力なツールが「心不全手帳」です。
心不全手帳は、日本心不全学会が作成した、日々の体調を記録するための手帳です。
心不全手帳電子版はこちら
心不全手帳で、毎日記録して頂きたいこと
- 体重測定:毎朝、トイレの後に同じ条件で測ります。急な体重増加(1週間で2~3kg以上)は、体内に水が貯留してきているサインです。
- 血圧・脈拍測定:朝と晩の2回、安静時に測定します。
- むくみのチェック:すねなどを指で押して、跡が残らないか確認します。
- 症状のチェック:息切れ、だるさ、食欲など、その日の体調を記録します。
これらの記録を日々の診察時に見せていただくことで、私たちは体調の小さな変化を早期に察知し、お薬の調整など、悪化する前の先手の対応が可能になります。
心不全は怖い病気ですが、決して一人で戦う病気ではありません。当院は、心不全の予防・治療・再入院予防を通じて、地域の皆様が心不全と付き合いながらも、自分らしい生活を長く続けられるよう、全力でサポートします。少しでも気になる症状があれば、お一人で悩まず、どうぞお気軽にご相談ください。